投資家初期の体験談を書いています

2005年人民元が切りあがり、私は・・・

人民元切り上げで・・・【FX投資家デビュー物語】

チャンスを逃がすのは、多くの場合、精神的な動揺があるときだ

まだ日差しが強い2005年8月。私は取材を受けていた。BigTommorwさんに、「年利50%で資産を増やす投資家」として。

もちろん、涼しい喫茶店でだ。顔には余裕がある。当たり前だ。コーヒーもおごられるの中、「どのようにして勝っているのですか?」と質問されているからだ。気分が悪いわけはない。

「そうですねー、帰宅後経済指標をチャックしながら・・・」、「やっぱ、損切りは大切ですね・・・」、「基本はドル円ですね、ただ人民元も注目ですね・・・」今から考えれば恥ずかしながら、偉そうに答えていた。「うーん、勝っている投資家は皆同じことを言いますね」記者はうなずく。(へー、そうなんだ。俺も勝ち組かな)勘違いは続く。


取材は順調に進む。私が始めてではないかもしれないが、外為投資(FX)で勝ち組投資家としてメディアに登場したのは、かなり早い方だ。記者もまだまだFX/外為投資には詳しくない。私ペースで話が進む。

「後で写真を取らせてくださいね」そんな記者の方からの要望にも、「いいですよ、ただ顔はNGですよ」と軽い返事。コーヒーが少なくなってきたが、さすがに「おかわり!」と自分から言うのは気が引けた。

そんな中、記者から「人民元が切り上がりましたよね」との声。
「そうですね」私は答える。
「どうでした?」記者は聞く。


「か、勝ちましたよ、、、」
言葉に余裕がない。


記者は興味を持ったようだ。「どのくらい勝ちました?」


「い、えーと、い、1万5千円です」


(少なっ!)私は思った。
記者も思ったようだ。顔に表れている。


しかし、ここは雑誌に掲載された。人民元切り上げは、インパクトがあるからだろう。しかし、私の勝利金額は、雑誌に載るにはインパクトが小さかった。恥ずかしかった。


2005年7月21日、人民元は切り上がった。年初から人民元の切り上げは市場で一番の注目を集めていた。ドル安予想が強い中、人民元切り上げで、ドル円は100円割れをするだろう、多くの識者がそう考えていた。2006年から考えればまったくの見当はずれなのだが、当時はそれが市場の声だった。

7月21日。私は早めに帰宅をしていた。いつも通り外為投資をするため、PC画面にチャートなどを表示させていた。ただ、私はTVを見ていた。おそらく、つまらないお笑い番組でも見ていただろう。ふっと、PC画面を切り替え、チャートを見ると


ドル円暴落中


(おいおい、どした!?)私は思った。


いや、焦ったといった方が的確だ。ポジションを保有していなかったものの、何が起きたのか慌てて情報収集に。なぜか、いつもは見ることも少ない日本経済新聞のWEBサイトに行った。そこには、


「人民元、切り上げ」の言葉が。


(ぬ、ぬわーにーーー)


日経が報道しているぐらいだ。すでに速報性はなく、市場参加者は皆知っているはずだ。どうする?


私は事前に決めていた。人民元が切り上がったら、ドル円で売りポジションを保有しようと。しかも、その時は、レバレッジを利用し50万通貨でも100万通貨でも良いと思っていた。

なにせ、これだけ市場で注目を浴びている。実際の切り上げ前に、噂だけが流れたがそれでもドル円は1円以上急落していた。少なくとも短期的には、「人民元切り上げ=ドル安円高」は間違いない。ほぼノーリスクで勝てる。こんなおいしい材料と利益を得るチャンスは年に1度もないだろう。


そして、その日は来た。2005年7月21日。

しかし、私は完全に乗り遅れていた。すでに1円以上下落していた。 慌てたどころではない。パニックだ!


どうする?


チャートを見ると、急落も一服。ローソク足はやや横ばいに。


どうする?今から売るか。様子見か。


デイトレードは瞬時の判断が求められる。将棋の世界では指運というものがあるらしい。超人的な頭脳を持つ棋士たちも、最終的に駒を選ぶのは指だ。そこに、運不運が左右するという。


(考えることゼロコンマ数秒)私は、ドル売りボタンを、指でグッと押した。


たった3万通貨。。。なぜ3万通貨にしたのかは分からない。30にしたい気持ちを出遅れた恐れが3にしたのかもしれない。ただ、私の指運は3万通貨といつもよりも小さな建て玉を選んだ。
(私は臆病な投資家のようだ。いや、だから年利50%を達成できたのかもしれない)


10分だが15分後か、、、再び下落が止まったところで、買い戻した。 0.5円の利幅。1.5万円。。。


勝った喜びはなかった。チャンスを失った失望感に襲れた。その時、何のTV番組を見ていたかなど覚えてはいない。つまらないTV番組を見ていたために、年に1度のチャンスで1.5万円しか儲けることができなかった。。。


そして、雑誌で取り上げられた。

取材は終わった。コーヒーも飲み干していた。もちろん、コーヒーのおかわりなど言える心境ではなかった。喫茶店の外で写真を取った。暑い夏の、寒い話だった。